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引きこもりプログラマの日記

忙しいを言い訳にしている自分

本当にその通りだと思う。
僕もそれなりにおっさんになって嫌なことから逃げる時に「忙しい」という言葉を使って逃げていた。

本当に忙しい人は忙しいと言わない

専門学校生の頃の友だちが言ってた「本当に忙しい人は忙しいと言わない」と。 当時の僕は「バイトが忙しくて・・・」って言い訳をして学校へあまり行かなかった。

彼は「本当に忙しい人は忙しくて忙しいと言うことが出来ない」と言った。
今から考えれば、彼はバイトも頑張っていたし、通学時間だって僕より遥かに長かった。
でも言い訳一つせずに凄く頑張っていた。

忙しいという自己防衛

正論としては忙しいを言い訳に使うのは良くない。
でも忙しいと言って逃げる場面は多々ある。

それはきっと自己防衛的なものなんだろう。

僕は他の人より劣っている。
すべてを受け入れて、頑張ることが出来ないのだ。

頑張ることが怖いという本質

一度精神的に来てしまっている経験をしていると、頑張ることが怖い。
だから、逃げる。忙しいをいいわけにして。

嫌われたくない、相手を傷つけたくない、そんな気持ちからついつい「忙しい」って言葉を使ってしまう。
空いてを傷つけたくないけど、自分の心も壊したくない。

だから「忙しいから出来ない」と言ってしまう。

どうすればいいのか?

もはやよくわからない・・・。

中身がないやつ

思ったこと

いい言葉を発しているだけで中身のない人が溢れているこの時代。

人に自分の考え方を押し付けて自己満足している人

中身のない人の典型だと思う。
若い奴らを見つけて、自分の考え方を押し付けてフルボッコにするやつら。
確かに気持ちいいと思う。私も今でもそういうところがあるし・・・。

でもね、だめなんだよそれ。

相手の主張も聞いて、相互理解しないとタダの老害になるだけだよそれ。

やりたいことが見つからないとか言ってしまう人

ほんとうに?やりたいことないの?

なんか胡散臭い人達は、ちょっとむずかしくて響きのいい言葉でアドバイスするけどそんなこと聞かなくていい。
あんなのは便所の落書きと一緒だ。

自分の中で何度も自問自答を繰り返せば自ずと答えは見つかるよ。

尊敬する人に陶酔する人

尊敬する人に陶酔するのはやばい。
なんでやばいかって言うと自分で思考しなくなるからだ。

楽なんだよね。尊敬する人とか教えてくれる人見つけて、考えずに意見を聴いて生きるのって。

でも本当に大事なのは、ものすごい壁や問題や苦難に遭遇した時に自分で考えて、決断して、行動できることじゃないの?
そんなの日頃から訓練してないと出来ないよ。

だから尊敬する人の話に耳を傾けなながらも自分の考えをちゃんと持とうよ。

最後に

人生に必要な順番は

  1. 知識
  2. 判断力・決断力
  3. 自分のスキルを磨く
  4. 人とのつながり

だと思っている。

春日大社展に行ってきた話

先週の木曜にストレスマックスだったので、心を回復するために春日大社展へ行ってきた。
本当に素晴らしい展示品ばかりで行ってよかった。

春日権現験記絵に心奪われた

私はそんなに美術品に興味がなかった。
そもそも美術館などに行くようになったキッカケは30歳になって、新しい世界に目を向けてみようという軽い気持ちで美術館へ行き始めたのだ。

春日権現験記絵(おそらく巻十二だと思う)を見て感動したのは、その色や細部まで書き上げている部分に心惹かれた。
それから人の表情も豊かたで、本当に素晴らしい作品だと思う。
これが、鎌倉時代のものだなんて信じられない。

春日権現験記絵(春日本)の巻十二もまた素敵だった。
江戸時代のものだからか、色はやはり綺麗だった。

しかし「高階隆兼」が書いた絵のほうが私は好きだ。

高階隆兼

春日大社展に行くまでしらなかったんだが春日権現験記絵を描いた絵師。
本当に素晴らしい。

wikipediaによると

作風は、従来の男絵の持つ線描を受け継いで明晰な画面空間を構成し、人物描写では女絵の濃密な彩色を取り入れ、密度の高い画を作り上げた。これはいわば、12世紀から13世紀にかけての大和絵の集大成といえる。隆兼の登場は、中世大和絵分水嶺となり、以後の大和絵師たちに大きな影響を与えた。

本当に密度の高い画でそして、濃密な色彩だった。
おそらく一生忘れられないレベルに心に響いた絵だった。

他にも春日宮曼荼羅も描いていたようだ。

文化遺産データベース

 

男絵、女絵について

ちなみに私は男絵、女絵という表現をしらなかった。

女絵は

平安時代の用語で、貴族の女性たちが愛好した「源氏物語絵巻」などの物語絵のような、情趣に富んだ絵かという。 「 -のをかしきにいとよう似て/紫式部日記

男絵

平安時代の用語で、専門の絵師が描いた絵をいうか。女絵に対して、唐画の筆法を生かして、墨の描線を骨格とした力強い表現の彩色画をさすものといわれている。一説に、男の姿を描いた絵とも。 「この題の心ばえを、-・女絵と書きたるに/栄花 根合」

参考: kotobank.jp

kotobank.jp

絵を見て美しいと思ったのはいつ以来だろうか?

ここまで心にきたのはいつ以来なのか?
そもそも美術に興味がなかったのであれだが、思い返してみるとやはり「郵便配達人ジョゼフ・ルーラン」を見た時以来なのかもしれない。
あの頃は美術・芸術に一切興味がない私だったが、あの色使いに感動したのは記憶に焼き付いている。

実はインターネットでいつでも見れる春日権現験記

国立国会図書館デジタルコレクションから実は閲覧できるのだ。 どうやら白黒のようだが、それでも見れるのは嬉しい。

国立国会図書館デジタルコレクション - 春日権現験記絵巻. 第12

最後に

今年は積極的に絵を見に行こうと思う。
前回のスティーブ・ライヒを聴きに行った時に思ったのだが、美しいものを目で見たり音で聴いたりして、より良い生活を送っていこうと思う。

最後の最後に

文化遺産オンライン

この文化遺産オンラインのサイトがCakePHPで実装されているのがファビコンからわかってしまうのだが、せめてファビコンぐらいは変えたほうがいいのでは?って思ってしまった。 そんな私は仕事しすぎなのかもしれない。 ちなみにCookieにもCAKEPHPって文字列が入っていたりX-Poword-BYでPHP5.4って入ってて悲しくなった。

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文化庁の中の人へ

僕がいつでもSymfonyで素晴らしいWebアプリに書き換えるのでいつでもご連絡ください。

最後の最後の最後に

奈良へ行きたい。 今年こそはのんびり奈良を旅行するぞ!

塩の道を読んだ

塩の道 (講談社学術文庫)

塩の道 (講談社学術文庫)

以前、宮本常一生きていく民俗 ---生業の推移 (河出文庫)を読んで楽しかったので、他の作品も読んでみようと思い読んでみた。

塩の作る技術の変化と、塩の運び方の話

塩の作る技術の変化と、塩の運び方の話は面白いかった。

初期の頃は、海水を煮詰めて作っていた。
その頃は、山に生きる人々は薪を海まで革を使って流して、塩を作ってもらっていたらしい。
私はてっきり海に生きる人が塩を売りに行っていたのかと思っていたが、違っていたようだ。

塩の作る生産量が多くなっていき、だんだん塩を売りに歩くようになったらしい。

日本では馬や牛に乗らない話

日本では馬や牛は荷を運ぶために使っており、基本的には乗らない。
また乗る技術も高くない。

それからほとんど荷を運ぶのは牛であり、馬ではなかったらしい。

考えさせられる文章

何故そう思うのか的な仮説の説明をしっかりしてるところが良い。 結論から先に書いてあり非常に読みやすいし、また自分なりの仮説を考えてしまう不思議な文章である。

最後に

他にも、面白い内容が沢山詰まっている本なのでぜひ読んでみてはいかがだろうか?

スティーヴ・ライヒ 80th ANNIVERSARY《テヒリーム》へ行ってきた

音楽

スティーヴ・ライヒ 80th ANNIVERSARY《テヒリーム》へ行ってきた。 前回の2012年から約4年ぶりの来日である。

前回も聴きに行ってるので今回で2度目だった。
今回のほうが良かったと思える。

今回演奏した曲

  • クラッピング・ミュージック
  • マレット・カルテット
  • カルテット
  • テヒリーム

www.operacity.jp

今回もライヒとコリン・カリーのクラッピング・ミュージック

前回同様に、今回も最初の演奏はコリン・カリーとライヒによるクラッピング・ミュージックだった。
もうこの曲を聴き始めるとこれからはじまる素晴らしい演奏を想像してワクワクしてしまうのだ。

ライヒは作曲家だけれどやっぱ本人の演奏が聴けるのって素敵。


Colin Currie and Sam Walton perform Steve Reich’s Clapping Music

5オクターブのマリンバの音に感動したマレット・カルテット

マリンバの音低音の音の響きが素晴らしすぎた。
おそらくオーディオ機器ではうまく再現出来ない響き。

カルテッドのピアノの低音よりもマレット・カルテットのマリンバの低音のほうが好きであり、本当に印象に残った。
この曲はまた是非生演奏を聴いて低音を楽しみたい。


“Mallet Quartet” - Steve Reich

テヒリームが素晴らしすぎて死ぬかと思った

生演奏のテヒリームが素晴らしすぎて本当にやばかった。
本当に美しかった。 今まで目で見たものどれよりも美しかった。
演奏なのに目で見える美しさがあった。

ここまで美しいと思ったものはあったのだろうか?

最後終わった後の拍手をもう少し遅くしてほしかった。
もっと余韻に浸っていたかったのだ。
それぐらいに素晴らしい演奏だった。

スタンディングオベーションというのを初めて体験した気がする。
とにかくいくら拍手をしても足りないのだ。
それぐらいに素晴らしい演奏だった。


Tehillim, Steve Reich - Part 1

ペンギン・カフェ・オーケストラ

ちょっとライヒとは違うのだが、今回のコンサートでもらったフライヤーの中でペンギン・カフェの公演のチラシが気になって、調べた。
父親の方のペンギン・カフェ・オーケストラのPerpetuum Mobileに衝撃を受けた。素晴らしすぎる。

本当にこの曲も美しい。これは是非生で聴きたかった・・・。

しかたないのですが、とりあえずペンギン・カフェの来日の際は聴きに行こうと思う。


Penguin Cafe Orchestra - Perpetuum Mobile

最後に

2012年以来、約4年ぶりのライヒ
前回も素晴らしかったけど、今回はもっと素晴らしかったと感じた。
本当に今回のほうが素晴らしかったか、自分の聴く能力が上がったのかはわからなかったけど、本当に素晴らしいコンサートであった。
ぜひライヒには長生きしてもらい、次回また日本に来ていただきたい。

最後の最後に

2008年のときに動画がyoutubeにアップロードされていた。


Steve Reich in Tokyo

思えばこの放送をBSで見て、感動したのがスティーブ・ライヒとの出会。 Tehillim本当に素晴らしい音楽に出会えてよかった。

「誰も教えてくれなかったフリーランスは厳しいではなく甘いという真実。」という記事を読んだ感想

思ったこと

www.wantedly.com

自分も最初の頃フリーランスをやって、次にスタートアップ入ってって経歴だから少しこの人と近いのかもしれない。
だからこそ伝えたい事はわかる気がする。

フリーは現在のスキル・リソースの切り売りだ。

今、経営者になって色々発注するようになって初めて気がついたが、フリーは現在のスキル・リソースの切り売りだ。それ以上も以下も期待されない。

そんな事はない。しかし気持ちはわかる。 きっとそれは、スキルが高い人と低い人で違うのだろう。

フリーランスの場合、学ぶ力が非常に問われる。
スキルが低い状態でフリーランスになってしまうとそもそも新しい事を学びにくいし、情報も取得しづらいし、モチベーション管理も大変だ。
だからこそ、自然とスキルを磨くのが難しくなる。

会社という組織のなかで、多く仲間(同僚)と仕事するほうが成長しやすく、お互い良い刺激を与えあって成長できるので、自然とスキルが上がっていくのだろう。
もちろん、そういう良い環境の会社ばかりではないという事もわかるが。

私自信、少しPHPでホームページ作れます程度でフリーランスを始めたので、ものすごくスキルが低かった。
たまたまフリーランスやってた時にスタートアップの会社と出会い、ソーシャルゲームを作る事になって、良い仲間に恵まれてここまで成長出来たのだ。

甘いとか厳しいとはわりとどうでもいい

甘かったり厳しかったり、それは人によって感じ方が違うからどちらと感じるかだろう。
まあ厳しってのは他責な感じなので、甘いと感じてる方人のほうが良さそうだが。

結局は信頼関係なのでは?

結局のところ、信頼関係なのかなぁと思う。
フリーランスとか会社員とかそういう次元を超えて、一緒に仕事した人に「また一緒に仕事をしたい」と思ってもらえるのが重要。

人の価値を決めるの人であって、それ以外はない。
そしてスキル+信頼が重要なのだと思う。

私は人としてダメ人間なのでまだまだだけど、それでも「また一緒に仕事をしたい」と思われるようにスキルを磨いたり、苦手なコミュニケーションを頑張っている。

最後に

結局、経験談からしか語れない。人は自分の人生や選択を肯定したいから。それは僕も同じだ。

この言葉が一番刺さった。
自分の考えもまた「自分の経験からの視点」でしか考えられていない。
歳を取れば取るほど自分の人生の選択を肯定したくなるし、自然とそういう発言が多くなる。
そして、新しいことをチャレンジする勇気が少なくなる。
そして、否定的な発言が多くなる。

なんとかこの悪い方向から抜け出して、若い頃のように常にチャレンジする姿勢で仕事して生きたい。
それから、経験した事ないことを想像して、もっと多くの視点で物事を考えられるように努力をしたい。

この記事を書いた方すごい素敵だなーと思ったけど、この会社のサイトをみて「うぇいうぇい感」満載でこういう人たちにはあまり関わりたくないなぁーと思った。(私はコミュ障なので・・・)

餃子の皮でピザを作った話

日常

我が家で開催された餃子大会のときに余った皮を使ってピザを作った。
非常に簡単だった。

最近料理サボリ気味だったので良い刺激。

作り方

今回はオーブンを使わずに、フライパンで焼いていくスタイル。

材料

  • 餃子の皮
  • ピザソース
  • ケチャップ
  • ウインナー
  • とろけるチーズ
  • 玉ねぎ
  • ピーマン

手順

  1. ピーマンは輪切り、玉ねぎは細ぎりにする。ウインナーも輪切りにする
  2. 玉ねぎは生だとちょっとクセが強いので、レンジで10秒ほどあたためる
  3. フライパンに餃子の皮を3枚重ねるように敷く(6枚ぐらいでもいいかも)
  4. ピザソースを塗り、ついでに適当にケチャップを塗る。外側1,2mmぐらいは、塗らない
  5. とろけるチーズを敷く。外側1,2mmぐらいは、チーズを載せない。
  6. 玉ねぎ、ピーマン、ウインナーを適当にのせえる
  7. 弱火で火を入れて、蓋をする。2,3分ぐらい?チーズが溶けたら完成

なかなか楽しく作れて美味しいので、土日の昼間とかは積極的に作ってみようと思う。